『我慢を辞めてみる』という事について考えてみた

先日、とある人のブログで、『あなたのしている我慢』を辞めてみて、楽になったら感想を聞かせてください。という内容があり、少し考えさせられました。大人になって社会へ出ると、知らないうちに何かに『我慢』をしている事があります。

ひとつの例として、『女性だからと言って座っている時に足を閉じなければいけないわけではない』と解放されたというお話を読みましたが、そのくらい小さな事で、私たちは何かに我慢しているのだと気づかされました。そこで、私の我慢は何だろうと考えてみる事にしました。

『良い人』でいることでの我慢

私は夏に8年間住んで居たアメリカを離れ、一度日本で社会に出てみたいと思い、東京へ戻って来ました。長い間離れて居ても、やはり地元に帰ってくると、住みやすさを感じます。

しかし、アメリカでの大人の社会と日本での大人の社会が違い過ぎて、最近苦戦している事に気がつきました。二十歳でアメリカに行っているため、私は日本の社会に出た事がないので、今が社会人一年生です。

人とちゃんとした日本語を話す機会が欲しい事と、家から近いという理由で、販売のお仕事をしています。最初は順調でしたが、やはり日本語での接客の難しさや、日本での『お客様は神様』対応に苦戦しています。

私にとっての我慢とは、きっと、誰かに対して『良い人』である事を続けるという事だと思いました。良い事を他人にするという事は、気分が良いので、日常生活ではなるべくする様にしています。

しかし、他人に『良い人』で居続ける事によって、自分の気持ちに嘘を付き、自分を大切に出来て居ないのではないかと思いました。なので、早速自分を『我慢』から解放してあげようと思いました。

仕事を続けながら解放するには、自然に仕事を楽しむという事かなと思って居ます。無理やり『神対応』をするのではなく、自分がその仕事、接客が楽しくなれば、きっと我慢をせずにお仕事ができると思ったので、明日から実行してみようと思います。

もちろん実際に解放されるかはわかりませんが、試してみないとわからないので、楽しみです。